• チベットみどころガイドェタン

    ラサから見て南の方角、広くブータン国境までのエリアをチベット語でロカ、中国語では山南地区と呼ばれています。この記事では山南地区の首府である「ツェタン」をベースとし、サムイエ寺・ヘポリの丘・チンプー渓谷など周辺の見所を紹介していきます。

    ラサからおよそ150km。舗装された道を4時間程度揺られると、いかにも中国の地方都市然としたツェタンの町並みが姿を現します。整然とした景観とは裏腹に、ツェタンは初代チベット王が降臨した場所であり、歴代の王の墓もここに位置しています。町の歴史はラサより古いとされ、謂わばチベットの京都や鎌倉と言っても差し支えないでしょう。また、伝承神話では全てチベット人の発祥の地とされています。人伝えに聞いた所によると、それは大体以下のようなお話しなのだそうです・・・

    第一話:悪女との結婚

    昔々、ツェタン近くの洞窟で1匹の猿が修行を積んでおりました。ところがある時、羅刹女という鬼神がやってきて、この猿を見初めてしまったものだから大変です。猿は「恐ろしい羅刹女と結婚したくはない」と必死に断りましたが、「結婚しないとこの世の生き物全てを食べてしまうぞ!」という彼女の言葉に震え上がってしまいます。困った猿が観音様に相談した所、曰く「羅刹女が今後悪さをしないと誓うならば、結婚してあげなさい」。そこでめでたく二人は結ばれる事になりました。その後子供達も産まれ、家族睦まじく暮らしましたとさ・・・めでたしめでたし。

    第二話:食糧危機と脱毛問題

    ツェタン近郊で幸せに暮らしている猿一家でしたが、実は深刻な問題が起こりつつありました。子供が増えるのに従い、食糧難の時代がやってきたのです。妻から「あんた!なんとかしなさいよ!」と尻に火をつけられた猿は、またしても観音様へ相談に行きます。観音菩薩は頷き、「これを蒔けば食料に困ることはない」と、とある種を手渡しました。育ったこの作物を食べた猿たちは、見る見る間に身体の毛が抜け頭も良くなり、ついには立派な「人間」になったのです。そして観音様が手渡した種こそ、その後チベット人の主食となる大麦の種だったのでした・・・めでたしめでたし。 神話の真偽はさておき、今でもチベタン家庭は“かかあ天下”が多いという噂です。クワバラクワバラ。

  • チベットの京都・ツェタン

    チベット・ツェタンに行くなら訪れるべき3ヶ所とは?

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    ヨンブラカン

    初代チベット王が天から降りてきて築いた宮殿といわれており、現存している建物は1960年代の文革時に破壊されたものを80年代に再建したものです。
    小高い丘を約20分登りますが、丘の上からはツェタンの田園風景が眺望できます。3階建てで、1階の本堂には三世仏、ソンツェン・ガンポ王、ティソン・デツェン王と文成公主、ティツン公主などを、2階はツォンカパ、パドマサンバヴァ、文殊菩薩などを祀っています。

    宇宙を見下ろす丘・ヘポリ

    チベット最古の僧院・サムイエ寺

    ツェタンから北西方向に位置する「サムイエ寺(ゴンパ)」は、チベット最古のチベット仏教僧院です(※ラサのジョカン寺は仏像を安置する「寺院」であって、僧侶が修行する「僧院」ではない)。以前はヤルンツァンポ川を渡るのに渡船を使っていましたが、現在では立派な橋が2つ掛かっており、ツェタンから車でおよそ1時間半で到着できます。

    8世紀にチベット仏教を国教としようとしたデツェン王が立案しましたが、創建時はボン教など土着の神々達が悪さをしたため、なかなか作業が進まなかったという逸話が残っています。結局、インド(今のパキスタンあたり)から密教行者のグルリンポチェを招き、その神通力により無事に建立する事ができたそうです。サムイエ寺の壁画には、グルリンポチェが手から火を出す様に驚く国王の様子が記されています。サムイエ寺はニンマ派の総本山であり、寺院そのものが「立体曼荼羅」を表しているとして有名です。本殿を須弥山に見立て、周囲には仏教宇宙のエレメントを司るお堂やチョルテンが設置されています。僧院内部には本尊のお釈迦様や大日如来をはじめ、グルリンポチェに調伏された土着神(あまりに恐ろしい表情をしているため、顔に布が掛けられている)が祀られている場所など“おどろおどろしい”部屋もあります。

    死後、チベット人の魂は輪廻転生をする前にこの僧院を訪れるそうです。しかし死者は目が見えないとされているため、寺までの道のりを覚えておこうと生前から参拝に訪れる人が後を絶ちません。

    ミンドゥリン寺

    ミンドゥリン寺

    ラサ空港からツェタンへ向かう途中、ダナン渓谷にあるニンマ派の総本山。17世紀にダライ・ラマ5世の師で、ゲルク派の仏教聖典を集大成した高僧テルダク・リンパが建立したお寺です。ミンドゥリン=「完全な解脱の場」の意。かつて壮大な中庭の回りに5重塔を含む、多くの僧堂伽藍がありましたが、文化大革命により破壊されました。現在は2つの仏殿が残ります。ここでの必見は護法尊(仏教の護り神)のお堂です。

    ミンドゥリン寺

    ゴンガル・クデ寺

    1464年に建立されたゴンガル・クデ寺の壁画は、タンカや彩色画とともに、チベット伝統美術の三大様式の一つとされています。古代の岩絵や洞窟壁画から発展したこれらの壁画は、主に寺院、邸宅、宮殿、そして家庭の壁に描かれています。岩絵を用いることで鮮やかな色彩が生まれ、経年変化にも耐え、チベットの人々に深く愛されています。ゴンガル・ガンドゥの秦子秦莫によって創始された「秦子派」の壁画は、吉武剛派、綿堂派、峨志派とともにチベット伝統絵画の四大流派の一つとされ、500年以上の歴史を誇ります